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■哲学

■06/19のツイートまとめ

ganase

思想が論理を使う限り、哲学はその欠点を負う。問題はその事実に哲学者が気づかないことだ。これは哲学界全体の怠慢とデカダンである。デカダンとはこの場合つまり、哲学界が近親相姦的な経済構造で生きているという事を指す。
06-19 22:11

哲学的原理を論理的に導き出せば、必ず制約が生ずる。その論理に悖らない原理を排除しようとするからだ。また、どんなに完璧な理論も理解を得られなければ無意味になる。理想は常に理想を理解しない人間を軽蔑する人間を生み出してきた。これらが論理性の限界であり欠点だ。
06-19 21:36

■徹底唯物思想

人間=自然という観点に立たなければ、正しい哲学は構築できない。ただしそこには、間違った認識も正しいという、旧来には無いロジックがあるので注意しなければならない。

人間と自然の構造から哲学を構築できるかというと、それは自ずと限界が生じる。

人間は自然と同一である。自然の一部でもないし、そこから生まれたわけでもない。
したがって、人間の視点から見られるものは、自然そのものである。
それによって認識を間違えることはない。
間違いも人間によるものであるのだから、自然であり、正しいことになる。

世の中には公共というものは存在しない。
それは常にフィクションである。
あるのは私人の集まりだけだ。

■整理

情報を整理するには事前の設計が必要だ。しかしそれに成功するには、走り出す前からすべてが設計範囲に収まるように想定しなければならない。従って例外は少ないにこしたことはない。これは規定対象の固有物が設計上の固有的なコードの数量よりも少ないことが前提条件となる。しかしこのことによって例外が発生してそれは対象範囲外にあぶれる。これが固有コードとしてのキーワードの一致不一致で物事を同定する手法の限界点である。

一方、人間理性は体験の習慣化によって固有性を捨象するように出来ている。関数化された処理は時間が経つにつれ、また経験対象者が多くなるにつれ、いやますスピードを上げるだろう。

■西洋哲学研究所

日本の哲学の目的は、西洋と東洋の哲学を見据えた独自の哲学の構築である。そしてそれはいわゆるローカル哲学ではなく、グローバルなそれとならなければならない。グローバルな哲学とは、世界の研究者がそれを念頭に入れなければ、自分の研究が地に着かなくなるがごときものである。いわば共通インフラとして欠かせない知識と言うべきものだ。この達成には現在の日本の哲学研究の状態を、さらに整理する必要がある。

現状の問題は、研究が学会ごとに分割されているため、同じ俎上での議論が出来なくなっている点である。確かに、言葉の定義は哲学者ごとに範囲が変わる。それは事実として受け止めざるを得ないだろう。しかし新しい哲学を構想するに当たっては、そのことは新しい定義に道を譲らなければならない。新しい定義が将来また乗り越えられるものだとしてもそうなのである。

中略・・・

新しいシステムが構築された後、もしくは構築途中において、そのシステムから漏れる概念。または個別の事象、さらには反対概念などが、どの程度アンチノミーとしてのインパクトを持つか研究しなければならないだろう。概念には必ず背反が生じるものだ。これをシステムに取り込むのか、あるいはバランスを保つために意図的に背反状態を保つのかは、概念の柔軟性、つまりは不完全性を受け入れる完全性を達成するには必須要件となるだろう。

■動く論理

寒いからといって厚い壁の部屋に篭りきりになれば身体が寒さに対応出来なくなるため、寒さへの適度な露出が必要である。この命題の論理構成は人間あるいは生物の宿命を現している。

■構想

そろそろ哲学構想に着手しなければならない。それは途中まではカントの軌道に乗りつつ、全く別の結論に至るだろう。

■自然の意味

人工的という言葉は使わない方がよい。人間活動も自然の一部であるからには、その結果も自然として行使される。問題はその活動の大小であり、人間活動が特別という訳ではない。時折、自然としてあり得ない物質だからいけない、と言う人がいるが、あり得ない訳ではなく、それは既にあり得ており、かつてなかったために単に影響力が大きかったり、厄介なだけだ。

■仕事

人間の唯一の仕事は哲学を解くことである。

■話が逸れて

なんでこんなに頭に入らないのか分からない。何度も見てきた基本単語ですら意味を覚えてない。こりゃいかん。なんといっても頭の悪さがボトルネックだが、諦めてはいられない。

仕事の力は強い。やっぱり何事も仕事にするのが成功の近道だと思う。例えば問題解決を最短で行う能力。一つの行為の影響範囲を見通す体系的な思考力。他者との的確な連携。行動設計と設計への「遊び」の挿入。計画成功へ導くための手段を選ばない積極性。

こういった行動原理はあらゆる分野へ応用出来る。大いに活用すべきだ。


ただし、芸術とそれを含む美学だけは除外されるべきだし、もし適用されているとしたらそれはいぶかしい芸術・美学だろう。それらは上記と逆の原理こそふさわしい。エポックメイクな感動を呼ぶ作品には、上記へのアンチテーゼとしての潔さがあるものだ。

何故か。

何故なら、芸術作品は目的を持たないからである。芸術作品は常にそれ自身が目的なのだ。たからこそ、思想や下心を背景に持つ芸術作品モドキは時代とともに色褪せる。

■未完成理論

完全させるとつまらなくなる。結論を出すと反対される。幸せを追うと不幸せになる。生きればいつか死ぬ。

プロフィール

永瀬宗彦 - Nagase Munehiko

Author:永瀬宗彦 - Nagase Munehiko

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