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■地震

■2015/02/17の2つの地震について(FNN 東北で震度5強と震度4 今後、大きな地震が起きる可能性も)

FNN 東北で震度5強と震度4 今後、大きな地震が起きる可能性も

FNN地震解説図


この記事、さらっと言ってのけていますが、ここで笠原教授が述べた「大きな地震」とは、東日本大震災を引き起こしたような、プレート境界型地震のことです。これがもし起きたら、重大な結果を招く可能性もあります。

今回の2回の地震の位置は、海側のプレート境界域と、陸側のプレート境界域とです。前者はプレートの比較的浅い位置で深度10KM。後者はプレートが沈み込んでいる分だけ深い位置で深度50KMです。そしてこれらの震源域に挟まれるような格好で、3.11のM9では開放されなかったプレート境界の固着域(ストレス領域)があります。さらに、3.11によって開放された箇所とのストレスのギャップが大きくなっていますから、今回の2つの地震を期に、これが一気に開放される危険性がある、というのです。

予想される地震の規模(マグニチュード)は、3.11には遥かに及ばないと思われます。しかし、もし今回の岩手・青森沖だけではなく、同じくストレスが存在して隣り合う北海道南部および南東部とが連動すれば、大地震になる恐れもあり、油断はできません。またプレート境界型地震が大きな津波を引き起こすことはご存知の通りです。

今一度、地震および津波への備えを見直してみてはいかがでしょうか。

引用はじめ

東北地方で17日、震度5強と震度4を観測する地震が相次いだ。いずれも、東日本大震災の余震とみられている。専門家は、地震発生のメカニズムから、今後、大きな地震が起きる可能性を指摘している。

午前8時6分ごろ、岩手県三陸沖を震源とする、マグニチュード6.9の地震が発生。その3分後、津波注意報が発表された。

中略

午前9時すぎ、岩手県久慈港では、最大で20cmの津波を観測した。午前10時20分、津波注意報は解除された。しかし、それからわずか3時間半後、今度は、岩手県沖を震源とするマグニチュード5.7の地震が発生した。

中略

2つの地震に、関連性はあるのか。

気象庁地震火山部の長谷川 洋平課長は「この2つ、いずれも東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の余震だということで、4年前の巨大地震の影響が、なお残って、たまたまと言っていいかどうかわかりませんが、同じ日に発生したと」と話した。

東日本大震災の余震だった、2つの地震。発生した場所について、東京大学の笠原順三名誉教授は「3.11の地震が引き金になって、誘発されるような、関連する地震が起こりやすい場所ですね」と話した。専門家によると、余震域の中心部では、地震が多く発生したことによって、地震を引き起こすプレートの境界線のひずみが、ほとんど解消されている状態。一方、あまり地震の起きていない北側や南側は、ひずみが解消されておらず、地震が発生しやすい場所だという。そして今後、さらなる危険性があると指摘した。
東京大学の笠原順三名誉教授は「最近では、同じ場所で大きな地震が繰り返し起こるというふうに考えられていますね。これ(きょうの地震)は、同じ緯度の所で起きまして、同じ沈み込みの境目で起きたと。2つの地震に挟まれた場所のひずみが開放されると、結構大きな地震が起きて、大きな津波も起こす可能性があります」と話した。

引用終わり


■地震空白域チェック20131202

地震空白域チェック20131202

画像は防災科研のHi-net(高感度地震観測網のWEBサイト http://www.hinet.bosai.go.jp/ から取得した過去30日間の地震履歴の地図プロット図です。

これに対して私が独自に、地図上に地震が無い箇所、つまり地震の空白域と思われる箇所に○印をしています。あくまで推測ですが、この箇所には地殻のストレスが溜まっており、将来、大きな地震につながるかもしれません。もちろん、空白域以外でも大きな地震が起こる可能性はあります。

空白域では過去30日以内の地震はほとんどありませんが、その「周辺」の地震が大きく、頻度が高くなるにつれ、本震が近づいていることになります。これは確率論的な考え方です。その意味で、注意すべきは地域はどこでしょうか?

私の観察では、沖縄本島南西沖にある空白域が最も危険で注意すべきです。ただし、最近の沖縄では比較的大きな被害地震は起きておりません。本震があるとしたらそれらが起こってからですから、まだまだ先のように見えます。

なお、沖合いは地震計の設置が少ないせいで微小地震を検出できていない可能性あるため、実際の空白域よりも図上の空白域の方が大きく見えている可能性があります。

プレート同士の交差角や、表面に凹凸があるのかどうか等によって、掛かるストレスが違います。従って、たとえ空白域があったとしても、ゆっくり滑りなどでストレスが開放されていて、固着域(アスペリティ)に相当しない場合があります。この場合は大きな地震は起きないでしょう。沖縄本島南西沖もこのパターンかもしれません。

防災科研の地震ハザードステーション(http://www.j-shis.bosai.go.jp/map/)ではより総合的な確率論的地震予測を立てて、公開しています。比較してみて下さい。

防災科研地震ハザードステーション

以上、いかにも地震があるかのような書き方をしてしまいましたが、素人の見立てに過ぎないので参考にしないで下さい。

■パキスタンの地震島の画像まとめ

NASAの衛星写真からの計測によると、パキスタンのM7.7地震で隆起した新しい地震島は周囲543メートル。誰のものでもない小さな無人島が出来たことに、世界中が歓喜?この変な自然現象とニュースを記録するためにまとめてみました。

USGS 2013/9/24 Pakistan アメリカ地質調査所(USGS)の震源地周辺の地形地図。
パキスタンがプレート境界域にあり、全体的に地形が歪んでいる様が見て取れる。震源と地震島とが、撓みの中にある。




NASAによる地震島が出現したGwadar付近の衛星写真・遠望 NASAの衛星画像。近傍にGawadarの街が見える。












NASAによるGwadarの衛星写真-中遠望衛星画像の拡大。













さらに拡大。

さらに拡大。だいぶ細部まで分かる画像。凹凸が激しい。






Before After地震島出現のBefore and After




地震島_70120161_quakehill3 喜び勇んで島に乗り込む現地の人達。





地震島_70115209_89dfb451-8e71-4253-813f-8c7e3bc2242e必ず頂上を目指すのはどこの国でも同じか。





地震島_70117024_81534c31-2675-4276-9aaf-a63b085b242d 意外と殺伐とした海中の様子が窺い知れる。





地震島_70117022_c245dd43-ebbb-47ae-96b4-a2ebb91e3c6d 
地震島_70117020_bb5d52a8-b60e-4734-9ca1-00173b67357a





地震島ガス 泥だまりからガスが噴出しているところ。







地震島ガスに火がつくする様子 ガスが引火しているところ。







地震島gwadar_coastline_-_new_island_emerged_sep_24_2013_erf 


専門家によれば、数十年前にも同じような島が出来たが、暫くすると消えて無くなったという。今回はいつ海中に没するのだろうか。





■メモ:「スロー地震による巨大地震発生予測の可能性」

東京大学地震研究所副所長・小原一成教授


感じない地震

 最近見つかった「スロー地震」という現象が、巨大地震の発生と何らかの関係があることがわかってきている。

 スロー地震を観測することで、巨大地震の発生や切迫度の予測に応用できる可能性がある。

20130913-730491-1-L.jpg図1=「防災科学技術研究所のホームページより」

 まず地震の起こるメカニズムだが、日本列島の下に沈み込む太平洋プレートやフィリピン海プレートは、沈み込む際に陸のプレートを引きずり込もうとする。陸のプレートにひずみがたまり、限界に達した時に海のプレートとの固着が外れて元に戻ろうとする動きが地震だ(図1)。

 海のプレートと陸のプレートの固着は一様ではなく、固着が強い部分は、沈み込みにともなう引きずり込みの力が大きくなる。この場所をアスペリティ(固着域)と呼んでいる。固着域はゆっくりと定常的に滑っている領域に囲まれているため、固着域に力が集中し、地震が繰り返し発生するという考え方が提唱されてきた。

 プレート境界では、固着域と定常的に滑っている領域のほか、この二つの領域の中間的な動きをしている場所がある。そこで起きているのがスロー地震で、定常滑りよりは速いが、通常の地震よりは滑りが遅いためスロー地震と呼ばれる。揺れの周期が長いのも特徴だ。

 同じ規模の通常の地震とスロー地震を比べると、通常の地震は揺れを観測できるが、スロー地震ではまったく観測されない。例えば、半年から数年かけてマグニチュード(M)6~7に相当する量の滑りが起こるため、人が感じることはなく、被害も及ぼさない。

南海トラフ巨大地震の震源域周辺に分布

20130913-730510-1-L.jpg図220130913-730534-1-L.jpg図3 スロー地震は、東北地方沖から西南日本の広い範囲で起きていることがわかってきた。私たちが注目してきたのは西南日本で、様々な種類のスロー地震が発生している(図2)。南海トラフ巨大地震が発生する領域をとりまくように発生場所が分布しているのが特徴だ(図3)。

 スロー地震には、プレート境界の深い場所で、半年から1年かけてゆっくり滑る「長期的スロースリップイベント(SSE)」、数日から1週間の「短期的スロースリップイベント」、1秒に数回震動する「深部低周波微動」、微動より周期が長い「深部超低周波地震」、浅い場所で発生する「浅部超低周波地震」がある。

三つの現象が同期

 深部低周波微動は2002年に私たちが初めて発見した。防災科学技術研究所が阪神大震災を踏まえ、小さな地震まで観測できる高感度地震観測網(Hi―net)を全国に整備したことが背景にある。

 深部低周波微動は、東海地方から紀伊半島を経て四国まで、約600キロ・メートルの帯状に分布している。震源の深さは約30キロ・メートルで、南海トラフで巨大地震が発生すると予想される領域より深い場所に位置しており、プレートの沈み込みと関係している現象とみられた。

20130913-730546-1-L.jpg図4 その後、深部低周波微動の活発化と連動して、わずかな地殻変動が起きることがわかった。これが短期的スロースリップイベントで、押し合う力により片方の岩板がもう一方に乗り上げる「逆断層型」なのが特徴だ。深部低周波微動と短期的スロースリップイベントがほぼ同時に起きる現象は、アメリカやカナダでも見つかった。

 深部超低周波地震も逆断層型で、深さは30~40キロ・メートルのプレート境界で発生している。短期的スロースリップイベントが起きている断層面に微小な固着域があり、それが深部低周波微動や深部超低周波地震を引き起こしていると考えられている(図4)。


発生に周期性

 東海地方から紀伊半島、四国にかけての領域では、深部低周波微動や深部超低周波地震が、ほぼ規則正しく決まった場所で発生する。紀伊半島東部や四国西部では約半年間隔、四国東部や和歌山県沿岸付近では約3か月間隔だ。南海トラフ沿いでは100~150年間隔で周期的に巨大地震が発生しており、その仕組みと同じなのかも知れない。様々な領域の地震が連動して発生することがあるのも似ている。

 長期的スロースリップイベントは、四国と九州の間の豊後水道や、東海地方、房総半島付近で起きている。豊後水道ではこれまでに1997、2003、10年の3回観測され、その際、微動も活発化している。東海地方では00年後半から05年までゆっくりとした滑りが続いた。

 房総半島の付近では、過去に6回観測されている。最近は11年に発生しており、その前が07年だ。通常は6~7年間隔で発生しているが、この時は間隔が4年と短かったため話題になった。東日本大震災の影響で、プレート境界の活動が活発になったと考えられている。

巨大地震との関係に注目

 スロー地震が巨大地震に何らかの影響を与える可能性がある。その逆に、巨大地震を引き起こすエネルギーのたまっている状態が、周囲のスロー地震に影響を及ぼすことも考えられる。このため、スロー地震は世界中で注目が集まる研究分野の一つだ。

 アメリカでは、サンアンドレアス断層沿いで起きた04年のパークフィールド地震の直前に、震源域の近くで微動活動が活発化したとの報告がある。また、この微動の活動場所は、通常は南北に不規則に移動しているが、地震の起きる前の3か月間は、すべて北から南へと、震源域から離れる方向に移動していた。震源付近に力が集中したのを反映して、微動の活動範囲が変わったことを示唆している。

20130913-730560-1-L.jpg図5 東日本大震災の直前に、前震活動としてスロー地震が2回発生していたこともわかった(図5)。小さな繰り返し地震を伴いながら、その活動場所は移動した。移動先には東日本大震災の震源がある。この活動場所の移動により、東日本大震災の破壊開始点に力が伝わり、最終的に断層の破壊を活性化してしまった可能性が指摘されている。巨大地震がいつ起きてもおかしくない状態になっていて、スロー地震が最後の引き金となったのかもしれない。

 コンピューターによる模擬実験も盛んだ。長期的スロースリップイベントと短期的スロースリップイベント、巨大地震を再現した模擬実験では、巨大地震が発生する時期が近づくと、それぞれのスロースリップイベントの発生間隔が短くなる傾向があった。

 スロー地震が発見されてからまだ10年余り。今後、スロー地震と巨大地震の関係をより詳細に明らかにしていく必要がある。そのためには観測をしっかり行い、スロー地震のメカニズムを解き明かしていかねばならない。


(※図は小原教授提供)

【質疑応答】

  スロー地震は体感できるのか?

  スロー地震は揺れが非常に小さいので体感できない。地震計や傾斜計、センサーのみでとらえることができる。

  東海地震の予知の仕組みは?

  東海地震が発生する直前に、スロー地震のような「前兆滑り」が起こり、徐々に滑りが加速すると考えられており、この前兆滑りをひずみ計でとらえる。ただ、前兆滑りはあくまでもシナリオの一つで、ほかの仕組みで起きる恐れもある。

  アスペリティの固着のもとになる力は?

  まだわかっていない。プレート境界にでこぼこがあれば摩擦が大きく働く。粘土鉱物は一定の温度、圧力を超えると固まるため、その働きでプレートがくっつくという考えもある。

  海底の掘削調査でアスペリティがどうなっているのか確認できないか?

  アスペリティがどういう岩石鉱物から構成されているかがわかれば、その鉱物を使って実験して、摩擦の大きさの分析や、温度が何度になったときに固着の状況が変わるかといった研究ができる。

  (地震発生の)確率がわかりにくい。

  長期予測では何年以内に発生する確率が何%かという言い方をする。とは言うものの、地震はいつ起きてもおかしくない。

 ◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

(2013年9月18日  読売新聞)

この記事は管理者の私的メモのために保存しているモノです。

■メモ:「松代大本営」 地震観測に最適

 気象庁は、全国約1000か所に地震計などを配置し、地震を観測している。その中で、観測施設としては唯一、職員が24時間体制で常駐し、国外の地震にも目を光らせているのが「精密地震観測室」(長野市)だ。トンネルの奥深くに設置された地震観測の基地を訪ねた。(大山博之)

 長野市の中心部から南に約12キロ・メートルの舞鶴山(560メートル)。ふもとの集落を通り抜け、なだらかな坂道を上っていくと、平屋の建物3棟が並んでいるのが見えてきた。

 ここが、太平洋戦争末期、旧日本軍が政府の中枢機関の移転先として地下60メートルに建設した地下壕(ごう)「松代大本営」の入り口だ。今は、このトンネルを気象庁が精密地震観測室として使っている。

 橋本徹夫・室長(53)は「気象庁は大本営のために掘った坑道を利用し、1947年から地震観測を続けています」と説明する。周辺は固い地盤で、地震の揺れが増幅しない。地下深くは、車の振動など「雑音」が少ない。地震の観測に最適な条件がそろっており、世界中の研究者に精密な観測データを提供している。

 地下には、隣接して、大坑道(延長約2・6キロ・メートル)と小坑道(同約200メートル)と呼ばれる二つのトンネルがある。大坑道は、今も観測に利用している地震計が設置され、職員以外は立ち入り禁止だ。

 このため、橋本室長と小松崎均・総務係長(52)の案内で、90年頃から使われていない小坑道に入った。

 「地震計は繊細で、多少の温度変化でも観測に影響が出る。ここは気温が1年中、14度で一定しています」と小松崎係長が話す。

 トンネル内は高さ2・5メートル、幅1・5メートルで人がすれ違うのがやっとの狭さだ。トンネルの奥には、昭和天皇が避難する予定だった部屋があり、コンクリート製の台の上に、今は使われなくなった古い地震計が並んでいた。

 橋本室長は「この小坑道と同じように、大坑道の地震計もコンクリート製の台の上に置かれています」と教えてくれた。

 精密地震観測室は、マグニチュード5・5程度以上の地震なら世界のどこで起きても検知し、震源の位置を特定できる。2台の地震計を中心に、直径約10キロ・メートルの円周上に7台の地震計を配置する独特の観測方式を採用しているためだ。「群列地震観測システム」と呼ばれ、大坑道に設置された2台の地震計も、この円周上にある。

 震源の方向は、丸く配置した地震計に地震波が届いた順番から特定できる。さらに、地震波には伝わるのが速い縦揺れ(P波)と、遅い横揺れ(S波)があるため、P波とS波の到達時刻の差をもとに、震源までの距離を計算できる。

(2013年8月18日 読売新聞)

■メモ:三浦半島断層群の地震予測など(地震調査研究推進本部)

元の記事:http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/katsudanso/f037_miura-hanto.htm
地震調査研究推進本部 - 三浦半島断層群 から抜粋

 三浦半島断層群(みうらはんとうだんそうぐん)は、三浦半島の中・南部及びその周辺海域に発達する活断層群です。
 三浦半島断層群は、三浦半島の中・南部及び浦賀水道に分布しており、神奈川県三浦郡葉山町から横須賀市を経て浦賀水道に至る三浦半島断層群主部と、三浦市に位置する三浦半島断層群南部からなります。
 三浦半島断層群主部は、ほぼ西北西-東南東方向に並走する北側の衣笠・北武(きぬがさ・きたたけ)断層帯と南側の武山(たけやま)断層帯に細分されます。衣笠・北武断層帯の確認されている長さは約14kmですが、さらに両側の海域に延びている可能性があり、他のデータをもとに計算により求めると約22km以上の可能性もあります。武山断層帯の確認されている長さは約11kmですが、さらに両側の海域に延びている可能性があります。三浦半島断層群南部の確認されている長さは約6kmですが、さらに両側の海域に延びている可能性があります。
 断層群主部及び南部は、いずれも右横ずれが卓越する断層帯から構成されます。

三浦半島断層群f037_ichi_s

○断層群の過去・将来の活動
<過去の活動>
 三浦半島断層群主部は、過去の活動時期の違いから、北側の衣笠・北武断層帯と南側の武山断層帯の二つに分けられます。
 衣笠・北武断層帯の最新活動時期は、6-7世紀であったと考えられ、信頼度は低いですがその平均的な活動間隔は概ね1千9百年-4千9百年程度であった可能性があります。
 武山断層帯の最新活動時期は、概ね2千3百年前以後、1千9百年前以前であったと考えられ、その平均的な活動間隔は1千6百年-1千9百年程度であったと推定されます。
 なお、1923年大正関東地震の際に、武山断層帯の陸域部の東端付近で、地震断層が出現したことが知られていますが、地震断層が現れた範囲は1km程度とごく短い区間であることから、これは関東地震に付随した活動であり、武山断層帯固有の活動ではないと推定されます。
 三浦半島断層群南部の最新活動時期は約2万6千年前以後、約2万2千年前以前であったと推定されますが、その平均的な活動間隔は不明です。
<将来の活動>
 断層群主部は、最新活動時と同様に衣笠・北武断層帯と武山断層帯がそれぞれ別々に活動すると推定されるが、全体が一つの区間として同時に活動する可能性もある。
 衣笠・北武断層帯と武山断層帯が別々に活動する場合、衣笠・北武断層帯では、少なくともマグニチュードが6.7程度の地震が発生すると推定され、その時のずれの量は1m程度となる可能性がありますが、他のデータをもとに計算により求めると、マグニチュード7.0程度もしくはそれ以上、ずれの量が2m程度もしくはそれ以上となる可能性もあります。
 武山断層帯では、マグニチュード6.6程度もしくはそれ以上の地震が発生すると推定され、その時のずれの量は1m程度もしくはそれ以上となる可能性があります。
 なお、ここで示した両断層帯で発生する地震の規模及びずれの量の数値は、分布が確認されている範囲の断層長や平均的なずれの速度及び平均活動間隔との関係などをもとに推定したものです。断層がさらに両側の海域に延びている可能性を考慮して、地震規模及びずれの量がさらに大きくなる可能性を示しました。
 断層群主部全体が同時に活動する場合は、衣笠・北武断層帯が単独で活動する場合と同程度もしくはそれ以上の規模の地震が発生すると推定され、全体のずれの量も衣笠・北武断層帯が単独で活動する場合と同程度もしくはそれ以上となる可能性があります。この場合の長期確率はそれぞれが単独で活動する場合の長期確率を超えることはないと考えられます。
 本評価で得られた地震発生の長期確率にはそれぞれ幅がありますが、衣笠・北武断層帯、武山断層帯ともに、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになります。
 断層群南部は、全体が一つの区間として活動すると推定され、その際にはマグニチュード6.1程度もしくはそれ以上の地震が発生すると推定され、その時のずれの量は0.5m程度もしくはそれ以上となる可能性があります。
 なお、断層群主部と同様に、ここで示した南部で発生する地震の規模及びずれの量の数値は、分布が確認されている範囲の断層長をもとに推定したものです。断層が両側の海域にさらに延びている可能性があることを考慮して、地震規模及びずれの量がさらに大きくなる可能性を示しました。
 断層群南部は、平均活動間隔が不明であるため、最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率を求めることはできません。

○将来の地震発生の可能性
≪三浦半島断層群主部/衣笠・北武断層帯≫
 地震の規模  : M6.7程度 もしくはそれ以上
 地震発生確率: 30年以内に、ほぼ0%~3%  (地震発生確率値の留意点)
 地震後経過率: 0.3-0.8  (地震後経過率とは?)
 平均活動間隔: 1900年-4900年程度
 最新活動時期: 6-7世紀

≪三浦半島断層群主部/武山断層帯≫
 地震の規模  : M6.6程度 もしくはそれ以上
 地震発生確率: 30年以内に、6%~11%  (地震発生確率値の留意点)
 地震後経過率: 1.0-1.4  (地震後経過率とは?)
 平均活動間隔: 1600年-1900年程度
 最新活動時期: 約2300年前-1900年前

≪三浦半島断層群南部≫
 地震の規模  : M6.1程度  もしくはそれ以上
 地震発生確率: 不明
 平均活動間隔: 不明
 最新活動時期: 約26000年前-22000年前

 ※平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に伴い、地震発生確率が上記の値より高くなっている可能性があります。


○もしこの地震が発生したら
si_scale.gif


≪三浦半島断層群主部 衣笠・北武断層帯≫
 【詳細法震度分布】
≪三浦半島断層群主部 衣笠・北武断層帯≫f037_miura-hanto_1_s
【簡便法震度分布】
≪三浦半島断層群主部 衣笠・北武断層帯≫【簡便法震度分布】f037_miura-hanto_1_s
※図中の波線範囲は詳細法による解析結果

≪三浦半島断層群主部 武山断層帯≫
 【詳細法震度分布】
≪三浦半島断層群主部 武山断層帯≫詳細f037_miura-hanto_2_s
【簡便法震度分布】
≪三浦半島断層群主部 武山断層帯≫簡便f037_miura-hanto_2_k

≪三浦半島断層群南部≫
 【簡便法震度分布】
≪三浦半島断層群南部≫詳細f037_miura-hanto_3_k

■メモ:三浦半島沖で6mも海底が隆起...

週プレニュース[2013年07月19日]

三浦半島沖で6mも海底が隆起。いよいよ富士山噴火が目前か?

神奈川県三浦半島の南端に浮かぶ「城ケ島」で、気になる異変が起きている。6月28日、海上保安庁の発表によると、城ケ島の西側から南側の沖にかけて約3kmの範囲で、1.9~6.3mの「浅所」と「水深減少」が確認されたというのだ。

挿入:永瀬
ソース:海上保安庁(水深減少区域及び浅所位置図)
水深減少区域及び浅所位置図25-595_image
島の西側、三崎港直近の2点が浅所、南沖200~500mの範囲に東西約1.2kmにわたって延びるのが水深減少の場所だという。これらの海底地形はなんなのか? 城ケ島海域を管理する第三管区海上保安本部によると、

「今回の発表内容は、海底へロープと重りを下ろす昔の水深測定で作った海図を、最新のマルチビーム測深機の精密データで書き換える業務を進めてきたなかで、最近わかったことです。城ケ島周辺の水深は10~30mほどですが、これまで知られていなかった海底の高まりが新たに見つかったと考えられます」

福島県沖の放射性ストロンチウム測定など、海保の調査活動は官庁の中でも独立性が高く、発表内容の正確さが評価されてきた。しかし、この水位減少の件はどうも納得がいかない。全国各地の港湾内や沿岸航路でも、河川や海流が運ぶ土砂などによる部分的な水深減少はよく見つかるが、その規模はせいぜい数十cmから1m止まりで、今回のように大規模な海底の変化は過去に例がないのだ。特に船舶往来の激しい城ケ島の南沖に横たわる長く直線的な海底の高まりが、これまで見過ごされてきたとは考えられない。実際、現地に出かけると、前述の海保コメントに対する疑問がますます強まった。例えば城ケ島の北側対岸にある漁業基地の三崎港では、こんな話を聞いた。

「3・11の大地震直後は港内の海底も30cmほど上がったが、今は元どおりに落ち着いた。しかし魚群探知機で見ると湾外には盛り上がったままの海底が多い。海保が発表した“浅所”というのは、昔からあった根(海底岩礁)が3m以上も高くなった場所だと思う。城ケ島の南沖の水深減少ラインは、去年の暮れ頃からいつの間にか現れたようだ。今のところ操船に影響はないが、航路の真下にあるので、三崎港に出入りする誰もが2ヵ月ほど前から気づいていた」(遠洋漁業船航海士)

「城ケ島海岸と同じ三浦層群という岩場はだいたい200m先の海底まで続き、それが砂地の多い緩い斜面に変わっていく辺りで、今年に入ってから水深減少が目立つようになった。ダイビングができる場所はずっと手前なので肉眼で見た人は少ないが、幅20~30mほどの隆起した海底が帯のように東西方向へ広がっているらしい」(地元の釣り船業者)

いずれにしろ、この大規模な「浅所と水深減少=海底隆起」は、つい最近にできたとみられる。さらに城ケ島大橋を渡り、浅所と水深減少域に最も近い島の南西海岸へ移動すると、もうひとつ驚きの新事実が浮上した。

取材当日の満潮時間(7月6日16時49分)になっても、海面がいつもより低い位置にしか上がらなかったのだ。現場にいた常連の釣り人たちに聞くと、この潮の上がりが低い現象は今年の4月頃から始まり、日がたつほど目立つようになってきたという。

念のために海洋学者の辻維周(まさちか)氏(石垣市・辻環境文化研究所長)に現場写真の鑑定を依頼すると、この海岸では潮位が50cm近く下がっていることがわかった。つまり沖合の「海底地殻変動」と連動して、城ケ島の海岸でも隆起が進行中なのだ。過去に相模湾から伊豆諸島にかけての海底地質調査を行なった琉球大学名誉教授の木村政昭博士は、こう予測する。

「おととしの巨大地震で東北地方から関東北部にかけての沿岸地域が1m以上も沈下した事実はよく知られていますが、逆に関東南部では隆起が進んだのです。これは東北地方の地殻の圧力が減った結果、今度は相模トラフのプレート境界でストレスが高まったことを意味し、前々から心配されてきた房総半島南方沖や相模湾内を震源とする巨大地震の発生につながる危険性があります。

ただし、それ以上に私が注目しているのは富士火山帯全域でのマグマ活動の高まりです。その地下からの強い圧力が三浦半島の地殻を押し上げており、巨大地震よりも先に富士山と箱根の噴火活動が始まることが心配されます」

事実、3・11から地震発生の危険度が増しているという三浦半島陸上の活断層群の向きは、城ケ島南沖の水深減少ラインとほぼ平行に走っている。また、7月3日には相模湾中央の海底で関東大地震を連想させるプレート境界型地震が起き、同10日には箱根・富士火山に近い相模湾西部でも最大震度4(湯河原町)の地震が起きた。

近い将来、首都圏を襲う大災害を、城ケ島沖海底の奇怪な変動は予告しているのか……?

(取材・文・撮影/有賀訓)
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■メモ:南海トラフ地震に新説 200―300年後、M9以下

 宝永安政型地震200年後?TKY201307170727朝日新聞デジタル
2013年7月18日


【編集委員・黒沢大陸】
南海トラフ沿いで起きる次の巨大地震は200~300年後と予想され、規模は最大でもマグニチュード(M)9に達する可能性は低い、とする学説を東京大地震研究所の瀬野徹三教授が発表した。

 瀬野教授は、過去に南海トラフ沿いで地震が起きた場所を調べた多数の研究を再検証。地震の揺れや津波、地殻変動の特徴を調べて矛盾が少ない形で整理し、日向灘から遠州灘までの領域で地震が起きる「宝永型地震」、四国から紀伊半島沖と駿河湾周辺で地震が起きる「安政型地震」の二つにわけた。

 過去には、この2タイプが交互に起き、宝永型は350年程度、安政型は400年程度の発生間隔と考えられるという。順番だと次は安政型地震だが、いずれのタイプでも「次の地震は200~300年後ではないか」と指摘した。

■メモ:富士山、巨大地震でひび入れば噴火? 「マグマたまった風船のような状態」

 47ニュース 2013/07/17


富士山噴火想像図fujisanfunka世界文化遺産 の富士山は、巨大地震の強い力で内部にひびが入ると、そこから爆発的な噴火を起こしかねない状態だとする分析結果を、産業技術総合研究所(茨城県つくば市)などのチームがまとめたことが16日分かった。

 直近の噴火は関東地方にも大量の灰を降らせた1707年の宝永噴火。チームは現在の富士山が、この噴火の直前と似た状況だと推定。約300年間マグマがたまり続けているとし、警戒を呼び掛けている。

 富士山の地下には、マグマが通った後に冷えて固まってできた硬い岩脈が多数走っている。たまったマグマやガスが閉じ込められた風船のような状態といい、地震による地殻変動で岩脈に隙間ができると、一気に噴出するかもしれないとしている。

 富士山は過去にさまざまな場所から噴火しているが、チームはこうした噴出口(割れ目)を、航空写真や現地調査で詳しく調査。1万年前の噴火から、宝永噴火に至るまでの経緯を分析した。

 それによると、繰り返し起きた噴火により、宝永噴火の前までに、山体には多数の岩脈が走り、これがマグマの上昇を妨げていた。

 宝永噴火は、1703年と07年にマグニチュード(M)8級の地震が相次ぎ、衝撃で隙間ができたことが引き金となり、押さえつけられていたマグマが南東側の山腹から爆発的に噴出したとみられるという。

 富士山の深部では低周波地震が起きており、地下でマグマがたまっているとみられる。産総研の 高田亮 (たかだ・あきら) 主任研究員は「南海トラフ地震など大きな地震が起これば、次の噴火を引き起こす可能性がある」と指摘している。

過去にさまざまな噴火「噴火のデパート」 

 富士山は出来てから約10万年で、国内の火山の中では比較的若い。山頂や山腹などさまざまな場所から多様な形式の噴火を繰り返しており、と呼ぶ専門家もいる。

 比較的最近といえる、奈良、平安時代にかけての 8~11世紀に 起きたのは、ハワイ島の火山でよく見られる「ハワイ式噴火」。爆発はなく、山腹の割れ目から流れやすい溶岩が大量に出た。

 この溶岩のもとになったマグマが、山体の岩盤を貫いた後に冷えて固まった岩脈は非常に硬い。富士山は山頂だけでなく山腹の多くの割れ目からも噴火し、山体は岩脈だらけになった。

 その結果、新たなマグマが容易に上昇できなくなって蓄積し、地震のショックで一気に放出されたのが約300年前の宝永噴火だという。「プリニー式噴火」と分類され、ローマ時代のポンペイを壊滅させたイタリアのベズビオ火山の噴火もこのタイプだ。

 約2900年前には東側の山麓で山体崩壊も発生、現在の山の姿を形作ったとみられている。

(共同通信)

■メモ:2000年前に発生した超々巨大地震

元の記事:ttp://event.yahoo.co.jp/bousai2011/eq_west/

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西日本でもM9クラスの地震が発生する懸念


eq_west_bximg_.jpg 東北地方太平洋沖地震の特徴は、海溝寄りの領域まで震源域が広がったことである。海溝寄りの領域は、明治三陸地震、延宝地震など、「津波地震」とよばれる地震が発生することがある。西日本に目を移すと、南海トラフ寄りの領域で、過去には津波地震である「慶長地震」が発生しているなど、東北地方と似た状況にある。これまでに想定されている東海地震、東南海地震、南海地震とともに、南海トラフ寄りの領域でも同時に地震が発生する可能性が、地震学者によって指摘されはじめた。この場合、東北地方太平洋沖地震と同様、マグニチュード9クラスの地震となる可能性がある。

東北地方太平洋沖地震は、日本での観測史上最大の地震である。その規模はマグニチュード(M)9.0に達し、巨大津波による甚大な被害が発生した。
東北地方太平洋沖地震が発生する以前は、日本で発生した過去最大の地震は、1707年の「宝永地震」とされてきた。マグニチュードは8.6ほどだったと推定されている。従来、西日本で将来に発生するかもしれない最大級の地震は、この宝永地震と同程度のものを考慮すれば十分と考えられてきた。ところが、東北地方太平洋沖地震が発生したことを受け、西日本においても、東北地方太平洋沖地震と同じマグニチュード9クラスの地震が発生することもありうるという認識が、地震学者の間で広まりつつある。
これまでの国の地震対策は、西日本での最大級の地震は宝永地震クラスという想定のもとに進められてきた。宝永地震では、死者は少なくとも2万人を数えたとされている。当時の人口は今よりも少なかったであろうことを考えると、被害の甚大さがわかる。震度6以上のゆれに襲われた地域は静岡県から四国までにおよび、家屋の倒壊は6万戸。津波は伊豆半島から九州にかけての太平洋岸や瀬戸内海まで押しよせ、その波高は数メートルから10メートルほどにおよんだという。この宝永地震をさらにこえる地震が西日本で発生する可能性があるというのだから、大変な話である。

地震学者は、なぜ、そのような可能性を真剣に考えているのだろうか。まずは、東北地方太平沖地震のメカニズムについて、簡単にふりかえっておこう。
東北地方太平洋沖地震は、「プレート境界地震」とよばれるタイプの地震だった。「プレート」とは、地球の表面をおおう十数枚の板状の岩である。プレートは常にゆっくりと移動しつづけている。東北地方の太平洋側の沖合では、日本の東半分を乗せた「北アメリカプレート」の下に、東から「太平洋プレート」が沈みこむ(もぐりこむ)ような構造になっている。
プレートが沈みこみはじめる場所は、周囲にくらべて深い「海溝」となり、「日本海溝」とよばれている。そして日本海溝から西側の地下には、北アメリカプレートと太平洋プレートがくっついた境界面が広がっている。この場所のプレート境界面は、西に行くほど地下深くなっていく。
太平洋プレートは、沈みこんでいく際に、北アメリカプレートも引きつれていこうとする。北アメリカプレートの変形が進み、プレート境界面の接着(固着)の強さが限界をむかえると、接着した部分が破壊され(ずれ動き)、北アメリカプレートがはねあがる。こうして発生するのが、プレート境界地震である。
一般的に、プレート境界地震の多くは、およそ地下10キロメートルよりも深い場所で発生する。これよりも浅いプレート境界面では、プレートにかかる圧力が小さく、プレートどうしがくっつきにくいためだと考えられている。しかし一方で、地下10キロメートルよりも浅い場所(つまりは海溝寄りの場所)でも、頻度は少ないが、実際に巨大な地震が発生したこともある。
東北地方太平洋沖地震は、プレート境界のうち、地震が頻繁に発生する深さの場所に加えて、海溝寄りの浅い場所のプレート境界面も「震源域」(地震を発生させる領域)になったという点が、大きな特徴であった。震源域が海溝沿いまで拡大したことにより、東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9をこえる「超巨大地震」となったのである。

さて、話を西日本に移そう。西日本では、日本の西半分を乗せた「ユーラシアプレート」の下に、南から「フィリピン海プレート」が沈みこんでいる。東北地方の太平洋側の沖合と似たような構造だ。フィリピン海プレートが沈みこむことによってできた溝は、駿河湾から紀伊半島の沖合、四国の沖合、さらに九州や沖縄の沖合から台湾へとつづいている。駿河湾から四国沖、九州沖の日向灘にかけては「南海トラフ」、その先から沖縄、台湾にかけては「琉球海溝」とよばれている。なお、「トラフ」とは、海溝よりも浅い溝状の地形のことである。
ここからしばらくは、南海トラフで発生する地震に焦点をしぼって話を進めていく。南海トラフから北側の地下に広がるプレート境界面も、東北地方と同じように、巨大なプレート境界地震をひきおこす。冒頭で紹介した宝永地震も、南海トラフで発生したプレート境界地震である。
南海トラフのプレート境界地震は、およそ90~150年の間隔でくりかえし発生してきた。それらは大きく三つのグループに分かれている。駿河湾から浜名湖にかけての領域で発生する地震を「東海地震」、愛知県沖の遠州灘から紀伊半島の南東側の沖合にかけての領域で発生する地震を「東南海地震」、紀伊半島の南西側の沖合から四国の沖合(あるいは九州の日向灘)にかけての領域で発生する地震を「南海地震」とよんでいる。ただし東海地震は、知られている限りは単独で発生したことがなく、発生する場合は東南海地震といっしょに発生してきた。このことから東海地震と東南海地震を区別せずに同じグループとしたほうがよいという考え方もある。
いずれの地震も、単独で発生するとマグニチュード8クラスになると想定されている。ややこしいことに、これらの地震は、同時に発生したり、やや時間差をあけて発生したりと、さまざまなパターンがみられる。複数の地震が同時に発生した場合は地震の規模が大きくなる(個別の地震を単純に足し合わせたものよりも、さらに大きくなる)。宝永地震は三つの地震が同時に発生した例だったと考えられており、東北地方太平洋沖地震が発生するまでは、知られている限りにおいて日本最大の地震であったことは、すでに紹介したとおりである。
なお、前回の南海トラフでの地震の発生は、1944年(昭和東南海地震)と1946年(昭和南海地震)である(ただし東海地震の領域では未発生)。これらの地震からすでに70年近くが経過しており、南海トラフでの地震が差し迫ってきているということになる。先ほどあげた90~150年という発生間隔は、知られている範囲での過去の地震を参考にした、あくまでも「目安」であり、90年よりも短い間隔で地震が発生する可能性も十分にあるという。

蟹ヶ池津波堆積物eq_west_img01ここまでは、東北地方太平洋沖地震が発生する前から語られていたことである。では、東北地方太平洋沖地震がおきて、何がかわったのか。
東北地方太平洋沖地震では、海溝寄りの領域も震源域になったことを思い出していただきたい。このことが、南海トラフで発生するプレート境界地震についてもあてはまると考えられるようになったのだ。つまり、これまで考えられてきたように東海地震、東南海地震、南海地震が同時発生するというだけでなく、南海トラフ寄りの領域(プレート境界面のうちの浅い部分)でも同時に地震が発生するというシナリオを、考慮に入れざるを得なくなったのである。
これは、「東北でおきたのだから西日本でもおきるかもしれない」という程度の単純な話ではない。それなりの根拠がある。東京大学地震研究所の古村孝志教授は、これまで見すごされてきた、ある過去の地震に注目している。
南海トラフで過去に発生した地震の記録は、古文書としては、千数百年分が残されている。しかし古文書の数は限られており、また、当時には当然、現在のような観測機器もなかったため、過去の地震の姿を正確に明らかにするのは非常にむずかしいことである。そのような困難をともないつつ調べられた過去の南海トラフの地震の中には、“なぞの地震”が存在することが、以前から知られていた。1605年に発生した「慶長地震」である。
この地震は、同じく南海トラフのプレート境界で発生したと考えられるほかの地震とくらべて、ゆれが小さく、建物の被害がほとんどなかったことがわかっている。しかしそれなのに、津波の被害は広範囲におよび、5000~1万人の死者をだした。このような、ゆれは小さいのに大きな津波が発生する地震は、「津波地震」とよばれている。津波地震は、海溝寄りやトラフ寄りのプレート境界で発生する。
慶長地震の存在自体は、以前からよく知られていた。しかし南海トラフ寄りの領域のうちの、具体的にどの場所で発生した地震なのかが不明であり、また、津波地震自体が頻繁には発生しないため、特殊例としてあまり注目されてこなかったというのが実態だ。このあたりの事情は、東北地方の沖合で、過去に「明治三陸地震」(1896年、マグニチュード8.2~8.5)のような津波地震が発生していたにもかかわらず、今回の地震を想定できていなかった状況と似ているかもしれない。
古村教授は次のように語る。「東北地方太平洋沖地震では海溝寄りの領域まで震源域が広がったという事実を受け、あらためて南海トラフの地震をみなおしてみました。すると、これまで想定されていた陸寄りの震源域にくわえて、慶長地震の震源域でも同時に地震が発生する可能性が、十分あることに気づきました」。

もう一つ、別の根拠を紹介しよう。高知県の海岸付近にある「蟹ヶ池」という池の底には、津波によって運ばれてきた海の砂が堆積し、積み重なっている。古村教授と共同で研究を進めている高知大学の岡村眞教授らの調査によると、蟹ヶ池は、南海トラフで地震が発生するたびに津波が入りこむわけではなく、規模の大きな地震のときだけ、津波が入りこんで海の砂を運んでくる。津波の堆積物の年代を測定すると、過去の千数百年間の間に4回、津波が堆積物を運んでくるほどの巨大な地震が発生していたという。
重要なのはこの先である。実は調査の結果、これら四つの層よりも格段に厚い津波堆積物の層が、もう一つ別にみつかっているのである。ほかの4回の津波堆積物と比較して、その厚みは数倍はあるという。それだけ多くの砂を運んできたということは、この津波の規模は特別に大きかったということになる。年代はおよそ2000年前と推定されている。それならば古文書に記録が残されてなくてもうなずける。
この津波堆積物の存在も、東北地方太平洋沖地震の前から知られていたが、その重要度についてあまり関心がもたれることはなかったという。東北地方太平洋沖地震を受け、その意味を考え直してみると、かつて南海トラフで、これまでに知られていたよりもはるかに規模の大きな地震が発生していた可能性を示す、貴重なデータであったということになる。

津波高さ予想グラフeq_west_img02_もし仮に、東海地震、東南海地震、南海地震に加えて、南海トラフ寄りの領域でも同時に地震が発生すると、どのような被害となるのだろうか。
まず、建物をこわすような周期の短いゆれについては、南海トラフ寄りの領域が震源域に加わったとしても、これまでの想定とくらべて、それほど大きな変化はないという。もちろん、だからといってゆれへの警戒を怠っていいわけではなく、宝永地震のように、広範囲にわたって震度6以上の強いゆれに見舞われることは避けられない。
問題は津波である。古村教授は、東海地震、東南海地震、南海地震と、南海トラフ寄りの領域で同時に地震が発生した場合、津波がどれくらいの高さになるのか、コンピューターで暫定的なシミュレーションをおこなった。計算の前提として組みこんだデータは、東海地震、東南海地震、南海地震の震源域では、これまでに想定されていたとおり、地下のプレート境界面が平均で9.2メートルずれ動いたとしている。そして三つの地震の震源域よりも南海トラフに近い震源域を新たに加え、ここでも同じだけのずれがあったと想定することにした。
「これはあくまでも、東北地方太平洋沖地震と同じような地震が発生した場合の、おおまかな傾向をさぐるためのシミュレーションですが、津波の高さは、これまでの想定のおおむね2倍になるという結果となりました」(古村教授)。

隆起地形年代南海トラフでマグニチュード9クラスの地震が発生する可能性を示す根拠は、まだある。
名古屋大学の古本宗充教授は、東北地方太平洋沖地震が発生する以前から、西日本でマグニチュード9クラスの地震が発生する可能性を指摘してきた一人である。古本教授の指摘の根拠は、西日本の海岸付近に残された、「海岸段丘」とよばれる地形にある。
海岸段丘は、地震の際の隆起などによって形成される、階段状の地形である。階段1段分の高さが、1回の地震によって隆起した量と考えられる。隆起量が大きければ、それは規模の大きな地震だったということになる。静岡県の御前崎、高知県の室戸岬、そして九州の沖合の喜界島の3か所について、古本教授が、海岸段丘の隆起量がとくに大きかった年代を比較したところ、おおむね一致しているようにみえる年代がいくつかあった。
とくに御前崎と室戸岬は、およそ7000年の間に4回、大きな隆起地形が形成されており、そのほとんどで形成時期が一致しているようにみえる。隆起地形の形成時期の間隔は、千数百年から2000年おきということになる。これは、これくらいの時間間隔で、御前崎と室戸岬が同時に大きく隆起するような、とくに巨大な地震が発生してきたと解釈することもできる。
このことと、記事の前半で紹介してきたような南海トラフ寄りの領域まで震源域が拡大する超巨大地震との関係は、現時点ではよくわかっていない。ただし前回大きな隆起をしたのはおよそ2000年前であり、このことは、蟹ヶ池に特別大きな津波が押しよせたのがおよそ2000年前であるという事実と符合するようにも見える。
そして、これらの事実と、御前崎・室戸岬の隆起地形の形成時期の間隔が千数百年から2000年ということを考え合わせると、同様の巨大な地震が、近い将来に発生しても不思議ではないともいえる。
また、古本教授は、九州の沖合から沖縄にかけての琉球海溝においても、マグニチュード9クラスの地震が発生する可能性を指摘している。これは喜界島に残された海岸段丘の大きな隆起が根拠となっている。
実は古本教授は、東北地方太平洋沖地震が発生する前までは、御前崎と室戸岬だけでなく、喜界島の隆起地形の形成年代もおおむね一致していると考えていた。この場合、駿河湾から沖縄にかけての非常に細長い領域で同時に地震が発生し、マグニチュード9クラスの地震が発生するという解釈となる。しかし東北地方太平洋沖地震の発生を受け、もっと震源域の長さが短くても、マグニチュード9クラスの地震(つまり大きな隆起地形をつくるほどの地震)が発生する場合があるというふうに考えをあらためたという。「御前崎・室戸岬」の隆起時期と、喜界島の隆起時期が一致していない事例については、両者が別々の地震によって形成されたと考える方が自然かもしれない。
一方で、3地点の隆起時期が一致している年代もある。古本教授は、御前崎、室戸岬、喜界島の3か所で隆起時期が一致している場合があるということは、ひょっとすると、南海トラフの地震と琉球海溝の地震という二つのマグニチュード9クラスの地震が同時に発生した可能性も否定はできないと考えているという。

エネルギー蓄積モデルeq_west_img05_一般論として、巨大な地震が発生するには、それだけのエネルギーが蓄積されていなければならない。一方、プレート境界地震が発生した場合、その場所にそれまでに蓄積されたエネルギーは、ほとんど放出されるというのがこれまでの考え方だった。
しかし今回の東北地方太平洋沖地震は、過去に同じ場所でくりかえし発生してきた「宮城県沖地震」などによるエネルギーの放出が完全ではなく、一部のエネルギーは蓄積されたまま、次の地震のサイクルがはじまるということを示しているという。これがくり返されていき、蓄積されたエネルギーが一気に放出されたのが今回の地震だというわけだ。古本教授は、東北地方太平洋沖地震の教訓として、「プレート境界には、エネルギーの“隠れた蓄積”があること」をあげている。
これはつまり、南海トラフにおいても、東海地震や東南海地震、南海地震がくりかえし発生する一方で、超巨大地震をひきおこすエネルギーが蓄積されつづけている可能性が高いということだ。「そのとき」がいつになるのか誰も知る由はないが、次の東海地震、東南海地震、南海地震が超巨大地震となる可能性も考慮に入れた議論がはじまろうとしている。


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永瀬宗彦 - Nagase Munehiko

Author:永瀬宗彦 - Nagase Munehiko

画家・永瀬宗彦の雑記帳です。

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