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■ふうせん 第二部

第一部を描いてからずいぶん時間が経ちました。その間に大野先生も亡くなりました。

次にどんな展開にするか、考えあぐねていたところ、私に子供が出来ました。赤ん坊は赤い色を喜ぶようでした。"message"の赤い風船の絵を指差しながらよく「ふぅ」(風船)と言っていました。私はそれが嬉しかったのです。

だったら、言葉もまだ分からないこの子供のために"message"を元にして、私家版の絵本を描こうと思いました。

そうこうする内に東日本大震災が起きました。東京に住んでいたので被災というほどのことはありませんでしたが、心はだいぶ揺らされました。そして2人の娘はまだ小さく、福島からの放射能の影響を恐れて母娘を一旦長野と大阪の親戚の許に預けました。4号機の使用済み核燃料プールの様子だけは気になりましたが、それを除けばこれ以上の大規模な放射能の放出は無いとみて、2011年の5月に東京に戻り、無事すくすくと育っています。

私の家族が難を逃れた一方、東北の被害を見聞きして暗澹たる思いを抱くと共に、亡くなった方への鎮魂と、遺族の方への慰労を願う気持ちが強くなりました。同時に、東北の方の犠牲によって気付かされたことはとても大きかった。つまり、生きていることへの感謝の念が強くなりました。それがどういうことか、解説でもう少し詳しく述べています。

ストーリーに震災の描写はありません。しかし震災を経験した人なら分かる通り、この筋書きは震災後でしか出来ないものです。"message"が震災によってもういちど命を与えられたのだと思います。

(今後大幅に改訂する可能性があります)

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ふうせん 第二部

この木はふだんは何てことない木だけど、1000年に一度の朝にだけ赤い実をつけるという。

この草はふだんは何の役にも立たない草だけど、1000年に一度の朝にだけ赤い花をつけるという。

そんな言い伝えがある木と花が、この地方にはたくさん生えていた。

その日が来た。

朝、草っぱらには赤い花が一面に咲いた。

朝、森の木にはたわわに赤い実がついた。

そして赤い花と赤い実は、次々にふくらんだ。

お昼のあと、ふくらんだ赤い花と赤い実は、風船になって次々と空へ飛んでいった。

村や町やみやこの人たちは、目を丸くしてビックリしていた。

そのうち、みんな風船につかまって飛んでいった。

僕は、大人が風船で遊ぶなんて、不思議だなと思った。

僕のおともだちも風船につかまって飛んでいった。

みんな楽しそうだった。

だから僕も木に上って風船をつかんだ。

「フワリ」

風船といっしょに僕は空へ上がった。

軽トラに乗ったおっちゃんが、風船をいっぱいつけて飛んでいった。

漁師の兄弟も船に乗ったまま飛んでいった。

おとなりのお父さんも新しいお家といっしょに飛んでいった。

ゾウさんも鼻で風船をつかんで飛んでいった。

クジラの親子も飛んでいった。

おばちゃんもおじちゃんも、赤ちゃんも小さい子もおかあさんもいっしょに飛んでいった。

僕は、ゾウさんの背中にのって、風船でいっぱいになった空をおさんぽした。

ゾウさんが僕をどこへ連れてくれるのか分からなかった。

空の上は、お陽さまが暖かかった。

僕はきもちよくなってゾウさんの背中でいねむりをした。

目を覚ますと僕はお父さんに抱っこされていた。

僕はうとうとしながら、ゾウさんやおともだちやおっちゃん、おばちゃん達が風船になって、お空へ飛んでいくような気がした。

僕とお父さんは、ふうせんが青いお空を真っ赤にしながら飛んでいくのをずっと見送っていた。

第二部おわり。

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永瀬宗彦 - Nagase Munehiko

Author:永瀬宗彦 - Nagase Munehiko

画家・永瀬宗彦の雑記帳です。

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