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■メモ:2000年前に発生した超々巨大地震

元の記事:ttp://event.yahoo.co.jp/bousai2011/eq_west/

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西日本でもM9クラスの地震が発生する懸念


eq_west_bximg_.jpg 東北地方太平洋沖地震の特徴は、海溝寄りの領域まで震源域が広がったことである。海溝寄りの領域は、明治三陸地震、延宝地震など、「津波地震」とよばれる地震が発生することがある。西日本に目を移すと、南海トラフ寄りの領域で、過去には津波地震である「慶長地震」が発生しているなど、東北地方と似た状況にある。これまでに想定されている東海地震、東南海地震、南海地震とともに、南海トラフ寄りの領域でも同時に地震が発生する可能性が、地震学者によって指摘されはじめた。この場合、東北地方太平洋沖地震と同様、マグニチュード9クラスの地震となる可能性がある。

東北地方太平洋沖地震は、日本での観測史上最大の地震である。その規模はマグニチュード(M)9.0に達し、巨大津波による甚大な被害が発生した。
東北地方太平洋沖地震が発生する以前は、日本で発生した過去最大の地震は、1707年の「宝永地震」とされてきた。マグニチュードは8.6ほどだったと推定されている。従来、西日本で将来に発生するかもしれない最大級の地震は、この宝永地震と同程度のものを考慮すれば十分と考えられてきた。ところが、東北地方太平洋沖地震が発生したことを受け、西日本においても、東北地方太平洋沖地震と同じマグニチュード9クラスの地震が発生することもありうるという認識が、地震学者の間で広まりつつある。
これまでの国の地震対策は、西日本での最大級の地震は宝永地震クラスという想定のもとに進められてきた。宝永地震では、死者は少なくとも2万人を数えたとされている。当時の人口は今よりも少なかったであろうことを考えると、被害の甚大さがわかる。震度6以上のゆれに襲われた地域は静岡県から四国までにおよび、家屋の倒壊は6万戸。津波は伊豆半島から九州にかけての太平洋岸や瀬戸内海まで押しよせ、その波高は数メートルから10メートルほどにおよんだという。この宝永地震をさらにこえる地震が西日本で発生する可能性があるというのだから、大変な話である。

地震学者は、なぜ、そのような可能性を真剣に考えているのだろうか。まずは、東北地方太平沖地震のメカニズムについて、簡単にふりかえっておこう。
東北地方太平洋沖地震は、「プレート境界地震」とよばれるタイプの地震だった。「プレート」とは、地球の表面をおおう十数枚の板状の岩である。プレートは常にゆっくりと移動しつづけている。東北地方の太平洋側の沖合では、日本の東半分を乗せた「北アメリカプレート」の下に、東から「太平洋プレート」が沈みこむ(もぐりこむ)ような構造になっている。
プレートが沈みこみはじめる場所は、周囲にくらべて深い「海溝」となり、「日本海溝」とよばれている。そして日本海溝から西側の地下には、北アメリカプレートと太平洋プレートがくっついた境界面が広がっている。この場所のプレート境界面は、西に行くほど地下深くなっていく。
太平洋プレートは、沈みこんでいく際に、北アメリカプレートも引きつれていこうとする。北アメリカプレートの変形が進み、プレート境界面の接着(固着)の強さが限界をむかえると、接着した部分が破壊され(ずれ動き)、北アメリカプレートがはねあがる。こうして発生するのが、プレート境界地震である。
一般的に、プレート境界地震の多くは、およそ地下10キロメートルよりも深い場所で発生する。これよりも浅いプレート境界面では、プレートにかかる圧力が小さく、プレートどうしがくっつきにくいためだと考えられている。しかし一方で、地下10キロメートルよりも浅い場所(つまりは海溝寄りの場所)でも、頻度は少ないが、実際に巨大な地震が発生したこともある。
東北地方太平洋沖地震は、プレート境界のうち、地震が頻繁に発生する深さの場所に加えて、海溝寄りの浅い場所のプレート境界面も「震源域」(地震を発生させる領域)になったという点が、大きな特徴であった。震源域が海溝沿いまで拡大したことにより、東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9をこえる「超巨大地震」となったのである。

さて、話を西日本に移そう。西日本では、日本の西半分を乗せた「ユーラシアプレート」の下に、南から「フィリピン海プレート」が沈みこんでいる。東北地方の太平洋側の沖合と似たような構造だ。フィリピン海プレートが沈みこむことによってできた溝は、駿河湾から紀伊半島の沖合、四国の沖合、さらに九州や沖縄の沖合から台湾へとつづいている。駿河湾から四国沖、九州沖の日向灘にかけては「南海トラフ」、その先から沖縄、台湾にかけては「琉球海溝」とよばれている。なお、「トラフ」とは、海溝よりも浅い溝状の地形のことである。
ここからしばらくは、南海トラフで発生する地震に焦点をしぼって話を進めていく。南海トラフから北側の地下に広がるプレート境界面も、東北地方と同じように、巨大なプレート境界地震をひきおこす。冒頭で紹介した宝永地震も、南海トラフで発生したプレート境界地震である。
南海トラフのプレート境界地震は、およそ90~150年の間隔でくりかえし発生してきた。それらは大きく三つのグループに分かれている。駿河湾から浜名湖にかけての領域で発生する地震を「東海地震」、愛知県沖の遠州灘から紀伊半島の南東側の沖合にかけての領域で発生する地震を「東南海地震」、紀伊半島の南西側の沖合から四国の沖合(あるいは九州の日向灘)にかけての領域で発生する地震を「南海地震」とよんでいる。ただし東海地震は、知られている限りは単独で発生したことがなく、発生する場合は東南海地震といっしょに発生してきた。このことから東海地震と東南海地震を区別せずに同じグループとしたほうがよいという考え方もある。
いずれの地震も、単独で発生するとマグニチュード8クラスになると想定されている。ややこしいことに、これらの地震は、同時に発生したり、やや時間差をあけて発生したりと、さまざまなパターンがみられる。複数の地震が同時に発生した場合は地震の規模が大きくなる(個別の地震を単純に足し合わせたものよりも、さらに大きくなる)。宝永地震は三つの地震が同時に発生した例だったと考えられており、東北地方太平洋沖地震が発生するまでは、知られている限りにおいて日本最大の地震であったことは、すでに紹介したとおりである。
なお、前回の南海トラフでの地震の発生は、1944年(昭和東南海地震)と1946年(昭和南海地震)である(ただし東海地震の領域では未発生)。これらの地震からすでに70年近くが経過しており、南海トラフでの地震が差し迫ってきているということになる。先ほどあげた90~150年という発生間隔は、知られている範囲での過去の地震を参考にした、あくまでも「目安」であり、90年よりも短い間隔で地震が発生する可能性も十分にあるという。

蟹ヶ池津波堆積物eq_west_img01ここまでは、東北地方太平洋沖地震が発生する前から語られていたことである。では、東北地方太平洋沖地震がおきて、何がかわったのか。
東北地方太平洋沖地震では、海溝寄りの領域も震源域になったことを思い出していただきたい。このことが、南海トラフで発生するプレート境界地震についてもあてはまると考えられるようになったのだ。つまり、これまで考えられてきたように東海地震、東南海地震、南海地震が同時発生するというだけでなく、南海トラフ寄りの領域(プレート境界面のうちの浅い部分)でも同時に地震が発生するというシナリオを、考慮に入れざるを得なくなったのである。
これは、「東北でおきたのだから西日本でもおきるかもしれない」という程度の単純な話ではない。それなりの根拠がある。東京大学地震研究所の古村孝志教授は、これまで見すごされてきた、ある過去の地震に注目している。
南海トラフで過去に発生した地震の記録は、古文書としては、千数百年分が残されている。しかし古文書の数は限られており、また、当時には当然、現在のような観測機器もなかったため、過去の地震の姿を正確に明らかにするのは非常にむずかしいことである。そのような困難をともないつつ調べられた過去の南海トラフの地震の中には、“なぞの地震”が存在することが、以前から知られていた。1605年に発生した「慶長地震」である。
この地震は、同じく南海トラフのプレート境界で発生したと考えられるほかの地震とくらべて、ゆれが小さく、建物の被害がほとんどなかったことがわかっている。しかしそれなのに、津波の被害は広範囲におよび、5000~1万人の死者をだした。このような、ゆれは小さいのに大きな津波が発生する地震は、「津波地震」とよばれている。津波地震は、海溝寄りやトラフ寄りのプレート境界で発生する。
慶長地震の存在自体は、以前からよく知られていた。しかし南海トラフ寄りの領域のうちの、具体的にどの場所で発生した地震なのかが不明であり、また、津波地震自体が頻繁には発生しないため、特殊例としてあまり注目されてこなかったというのが実態だ。このあたりの事情は、東北地方の沖合で、過去に「明治三陸地震」(1896年、マグニチュード8.2~8.5)のような津波地震が発生していたにもかかわらず、今回の地震を想定できていなかった状況と似ているかもしれない。
古村教授は次のように語る。「東北地方太平洋沖地震では海溝寄りの領域まで震源域が広がったという事実を受け、あらためて南海トラフの地震をみなおしてみました。すると、これまで想定されていた陸寄りの震源域にくわえて、慶長地震の震源域でも同時に地震が発生する可能性が、十分あることに気づきました」。

もう一つ、別の根拠を紹介しよう。高知県の海岸付近にある「蟹ヶ池」という池の底には、津波によって運ばれてきた海の砂が堆積し、積み重なっている。古村教授と共同で研究を進めている高知大学の岡村眞教授らの調査によると、蟹ヶ池は、南海トラフで地震が発生するたびに津波が入りこむわけではなく、規模の大きな地震のときだけ、津波が入りこんで海の砂を運んでくる。津波の堆積物の年代を測定すると、過去の千数百年間の間に4回、津波が堆積物を運んでくるほどの巨大な地震が発生していたという。
重要なのはこの先である。実は調査の結果、これら四つの層よりも格段に厚い津波堆積物の層が、もう一つ別にみつかっているのである。ほかの4回の津波堆積物と比較して、その厚みは数倍はあるという。それだけ多くの砂を運んできたということは、この津波の規模は特別に大きかったということになる。年代はおよそ2000年前と推定されている。それならば古文書に記録が残されてなくてもうなずける。
この津波堆積物の存在も、東北地方太平洋沖地震の前から知られていたが、その重要度についてあまり関心がもたれることはなかったという。東北地方太平洋沖地震を受け、その意味を考え直してみると、かつて南海トラフで、これまでに知られていたよりもはるかに規模の大きな地震が発生していた可能性を示す、貴重なデータであったということになる。

津波高さ予想グラフeq_west_img02_もし仮に、東海地震、東南海地震、南海地震に加えて、南海トラフ寄りの領域でも同時に地震が発生すると、どのような被害となるのだろうか。
まず、建物をこわすような周期の短いゆれについては、南海トラフ寄りの領域が震源域に加わったとしても、これまでの想定とくらべて、それほど大きな変化はないという。もちろん、だからといってゆれへの警戒を怠っていいわけではなく、宝永地震のように、広範囲にわたって震度6以上の強いゆれに見舞われることは避けられない。
問題は津波である。古村教授は、東海地震、東南海地震、南海地震と、南海トラフ寄りの領域で同時に地震が発生した場合、津波がどれくらいの高さになるのか、コンピューターで暫定的なシミュレーションをおこなった。計算の前提として組みこんだデータは、東海地震、東南海地震、南海地震の震源域では、これまでに想定されていたとおり、地下のプレート境界面が平均で9.2メートルずれ動いたとしている。そして三つの地震の震源域よりも南海トラフに近い震源域を新たに加え、ここでも同じだけのずれがあったと想定することにした。
「これはあくまでも、東北地方太平洋沖地震と同じような地震が発生した場合の、おおまかな傾向をさぐるためのシミュレーションですが、津波の高さは、これまでの想定のおおむね2倍になるという結果となりました」(古村教授)。

隆起地形年代南海トラフでマグニチュード9クラスの地震が発生する可能性を示す根拠は、まだある。
名古屋大学の古本宗充教授は、東北地方太平洋沖地震が発生する以前から、西日本でマグニチュード9クラスの地震が発生する可能性を指摘してきた一人である。古本教授の指摘の根拠は、西日本の海岸付近に残された、「海岸段丘」とよばれる地形にある。
海岸段丘は、地震の際の隆起などによって形成される、階段状の地形である。階段1段分の高さが、1回の地震によって隆起した量と考えられる。隆起量が大きければ、それは規模の大きな地震だったということになる。静岡県の御前崎、高知県の室戸岬、そして九州の沖合の喜界島の3か所について、古本教授が、海岸段丘の隆起量がとくに大きかった年代を比較したところ、おおむね一致しているようにみえる年代がいくつかあった。
とくに御前崎と室戸岬は、およそ7000年の間に4回、大きな隆起地形が形成されており、そのほとんどで形成時期が一致しているようにみえる。隆起地形の形成時期の間隔は、千数百年から2000年おきということになる。これは、これくらいの時間間隔で、御前崎と室戸岬が同時に大きく隆起するような、とくに巨大な地震が発生してきたと解釈することもできる。
このことと、記事の前半で紹介してきたような南海トラフ寄りの領域まで震源域が拡大する超巨大地震との関係は、現時点ではよくわかっていない。ただし前回大きな隆起をしたのはおよそ2000年前であり、このことは、蟹ヶ池に特別大きな津波が押しよせたのがおよそ2000年前であるという事実と符合するようにも見える。
そして、これらの事実と、御前崎・室戸岬の隆起地形の形成時期の間隔が千数百年から2000年ということを考え合わせると、同様の巨大な地震が、近い将来に発生しても不思議ではないともいえる。
また、古本教授は、九州の沖合から沖縄にかけての琉球海溝においても、マグニチュード9クラスの地震が発生する可能性を指摘している。これは喜界島に残された海岸段丘の大きな隆起が根拠となっている。
実は古本教授は、東北地方太平洋沖地震が発生する前までは、御前崎と室戸岬だけでなく、喜界島の隆起地形の形成年代もおおむね一致していると考えていた。この場合、駿河湾から沖縄にかけての非常に細長い領域で同時に地震が発生し、マグニチュード9クラスの地震が発生するという解釈となる。しかし東北地方太平洋沖地震の発生を受け、もっと震源域の長さが短くても、マグニチュード9クラスの地震(つまり大きな隆起地形をつくるほどの地震)が発生する場合があるというふうに考えをあらためたという。「御前崎・室戸岬」の隆起時期と、喜界島の隆起時期が一致していない事例については、両者が別々の地震によって形成されたと考える方が自然かもしれない。
一方で、3地点の隆起時期が一致している年代もある。古本教授は、御前崎、室戸岬、喜界島の3か所で隆起時期が一致している場合があるということは、ひょっとすると、南海トラフの地震と琉球海溝の地震という二つのマグニチュード9クラスの地震が同時に発生した可能性も否定はできないと考えているという。

エネルギー蓄積モデルeq_west_img05_一般論として、巨大な地震が発生するには、それだけのエネルギーが蓄積されていなければならない。一方、プレート境界地震が発生した場合、その場所にそれまでに蓄積されたエネルギーは、ほとんど放出されるというのがこれまでの考え方だった。
しかし今回の東北地方太平洋沖地震は、過去に同じ場所でくりかえし発生してきた「宮城県沖地震」などによるエネルギーの放出が完全ではなく、一部のエネルギーは蓄積されたまま、次の地震のサイクルがはじまるということを示しているという。これがくり返されていき、蓄積されたエネルギーが一気に放出されたのが今回の地震だというわけだ。古本教授は、東北地方太平洋沖地震の教訓として、「プレート境界には、エネルギーの“隠れた蓄積”があること」をあげている。
これはつまり、南海トラフにおいても、東海地震や東南海地震、南海地震がくりかえし発生する一方で、超巨大地震をひきおこすエネルギーが蓄積されつづけている可能性が高いということだ。「そのとき」がいつになるのか誰も知る由はないが、次の東海地震、東南海地震、南海地震が超巨大地震となる可能性も考慮に入れた議論がはじまろうとしている。


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Author:永瀬宗彦 - Nagase Munehiko

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