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■しかし学生会館は厳然と存在していた

しかし学生会館は厳然と存在していた。学生運動がセクト化し、内ゲバの狂気の中で分解、既に目に見えない気体にまで薄まっていた90年代になってもなお、その威容は時代錯誤を通り越して滑稽の極みへと昇華した体で在った。

団塊Jrの成長により最高潮に達した受験戦争を潜り抜けてきた一般の生徒にとって、学生運動は懐メロと共にTVから垂れ流される大人たちの懐古主義の産物にしか映らなかったにせよ、一方で世間様に対して後ろめたい存在であることを、学生会館に出入りする人間は、後天的な知識として伝統的にハッキリと認識していた。それだけに、世情から鑑みて早晩消滅するのだという予感が、学生会館の権威を貶めると共に、逆説的に存在意義を高めた。

ブルドーザー式の資本主義経済が、世代の畝を乗り越え、思想をも均し終わった時、自由という虚構から生まれ、実際は画一的で退屈な東京の建築物の中にあって、学生会館はさも、最後の刃のようにいきり立って見えた。しかし、そのゲバ文字による反帝国主義の喧伝は、独特の寂寥感と悲愴感が漂っていた。学生らは半ば悲鳴のような似非イデオロギーがノッペリと貼りついたビラを、まるでちり紙より価値のないモノ、壁のシミとして見ていた。実際、そんなものに関わったら人生が台無しになる恐れがあると、一見して不安を抱かせるほどに、その文言は世間からズレていた。防共の砦である米属の飛び地の日本に、さらに入れ子のように存在する学生会館は一般学生のイデオロギッシュに生み出された無知の強風にあって風前の灯だったのだ。

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永瀬宗彦 - Nagase Munehiko

Author:永瀬宗彦 - Nagase Munehiko

画家・永瀬宗彦の雑記帳です。

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