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■鶴見線と京浜工業地帯(5)

海芝浦行きの列車に乗ってすぐ、海が進行方向の左手をたゆたっていた。海といっても埋立地に囲まれた京浜運河で、広漠で遠望できるようなものではない。すぐ向こう岸には工場や倉庫、ガスタンクといった構造物が足早に通り過ぎていった。枝分かれした運河の先も同じような風景だった。右手にも工場、倉庫が連なっていたが、同時に両方見ることができないため齷齪した。ああそうだ、どうせ同じ線を戻るのだから帰りに写せばいいのだと思った。
新芝浦駅に停車したとき、何人か下車する人がいた。僕は、どうせすぐ発車するし、これを逃すと目的地まで歩かなければならないどころか、途中から東芝の敷地内になるため、海芝浦駅にはたどり着けないことになってしまうし、次の列車が来るには1時間も待たなければならないから、降りずに車内から写真を撮るしかなかった。海に近いという意味で有名なところであるが、だからといって何かエキサイティングだというわけではない。もちろん、珍しさからくる非日常性には、何か旅情のようなものがあった。
列車は右に大きくカーブした。ということはつまり、埋立地の角を曲がったということだ。すると、列車の左側の窓は東京湾側を向き、一気に遠望が広がった。霞がかかって遠くが薄れて見えた。石油と書かれた大きなタンク、鶴見つばさ橋などがその先に良く見えた。
そして海芝浦駅に到着した。列車からは降りれるが、この駅から外には出られない。そこは東芝の私有地だ。東芝の前身の一つである芝浦製作所が駅名の由来だ。また、芝浦製作所はいわゆる東芝の重電機工業部門となったのだから、セキュリティも厳重なはずである。もちろん、この工場を見る限り、そこまで厳重ではないと思ったが、原発メーカーのウェスティングハウス買収などは、こちらの部門の話のはずだ。白物家電とは一線を画しているに違いない。
海芝浦駅には公園がある。列車が折り返して帰るまでの約20分間、小旅行者達が休めるように気を遣っているのだ。確かに、東芝の社員と思しき人の他に、家族連れが2組。カップルが2組。鉄っちゃんらしき若い男性が数人いて、ベンチに座って休んだり、海の風景などを写真に撮っていた。僕もお茶とパンを取り出して休憩を取った。
折り返し発車した列車で鶴見方面へ向かい、弁天橋駅で降りたが、意図していた扇町駅行きの列車への乗り換えは失敗した。こちらの列車のドアが開くより先にあちらが発車したのだ。仕方ない。次の列車まで40分。そのまま弁天橋駅の外を散策することにした。しかし駅の外には開いている商店は無いし、大した風景も無かった。旭硝子のものづくり研修センターが奇抜なデザインで目を惹いていたが、中に入れるわけでもなく、仕方なく駅構内のベンチに座って休むことにした。
すると草だらけの広い線路敷地内から白黒の小さな猫が出てきて、なにやら草むらで仕事をしているようだった。じっとしていたと思ったら歩き出したり、座り込んだりしていた。うちにも猫がいるが、何をどう考えて生きているのかさっぱり分からない。ただ、どことなく意思が通じることがあるだけだ。しばらくすると白黒の猫は草間の奥へ隠れてしまって見えなくなった。ホームを見ると雀が近寄ってきた。ここまで近づくのは最近珍しいと思った。雀も地域によってはいじめられているらしく、人間から遠ざかっている場合が多い。彼らは食べ物をねだって近づいているのだと思うが、あいにくさっき食べたパンの袋にかすかにクズが残っているだけだった。袋を逆さにしてそのクズをホームのコンクリートに落とした。雀はそれに気づかなかったようだが、あとで食べたかもしれない。
一方僕は反対方面行きの列車に乗って、鶴見小野へ向かった。次の扇町行きが来るまで一つ前の駅を散策しようとしたのだ。
鶴見小野駅の周りは住宅街だった。さして面白い風景があるわけではなかったが、それでも途中に見えた列車の車庫を見ようと思って、10分ほど当てずっぽうに歩いてみた。バス通りの近く、踏み切りあたりに車庫はあったが、遠くてうまい写真は撮れなかった。それより近道と思って歩いた道すがらのガード下に野良猫がいた。この工業地帯の周辺の趨勢を映し出したかのようなくたびれた猫だった。となりの町工場に養われているらしく、その中には親猫と子猫が一緒に寝ていた。ところが、薄暗いガード下の公園から牛舎のような悪臭がすることに気が付いて、僕はすぐに立ち去りたくなった。また、次の列車を逃すわけにはいかず、小走りに駅まで戻った。駅のホームにはすでに何人かの若者が列車を待っていた。

この先、工業地帯がクライマックスに近づくはずだ。

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